受賞しました。フランスで二冠です。

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みなさん、とりましたよ!
昨夜『あん』が、受賞しました。
フランスの『Les prix des lecteurs du Livre de Poche 2017』
(読者が選ぶ文庫本大賞2017)
フランスの読者のみなさんの支持を得て、
『あん』(Les délices de Tokyo)が文芸部門の1位となりました。

早急なことで、ボクはパリに向かうことができず
感謝のスピーチのみを送らせてもらいました。
この授賞式の写真も今届いたところです。

翻訳者ミリアム・ダルトア・アコーさんの名訳のおかげです。

記事も出始めました。←クリック
(http://www.livreshebdo.fr/article/les-prix-des-lecteurs-du-livre-du-poche-pour-durian-sukegawa-et-rj-ellory
(ボクはパリの会場にいなかったので、ここに出ているのは推理小説部門の作家の方のみです)

『あん』が日本で刊行されてから4年半。物語はまだ続きます。
応援して下さったみなさん、ありがとう。

サン=テグジュペリ 母への手紙(3)

3.                フリブール、ヴィラ=サン・ジャン 1916.2.21
大切なママへ

 フランソア(アントワーヌの弟)が受け取ったばかりのあなたの手紙に、3月の始めにならないとあなたが来られないと書かれていました! ぼくたちは土曜日にあなたに会えると思って、とても楽しみにしていたんですよ!

 なぜ、遅れるんですか? ぼくたちがそれを喜ぶとでも?

 この手紙、あなたのもとには木曜に届きますね。あるいは金曜日。そしたらすぐにぼくたちに向けて電報を打てますか? あなたは来てくれると。土曜の朝には急行列車で発てると。その夜にはフリブールに着くと。ぼくたちはそれならほんとうにうれしい!

 3月の始めまであなたが来ないなんて、どれだけぼくたちを失望させることか! そんなに来たがらない理由はなんですか?
 
あなたが来てくれるものだと、ぼくたちはすごく期待しています! たとえ来られないのだとしても、そしてそれがぼくたちをすごく苦しませるとしても、この手紙を受け取ったら、すぐに電報を打ってくれませんか? 少なくとも金曜の夜までには。ぼくたちの日曜日を無駄にしないためにも。 でも、きっとあなたは来たいのですよね!

 さよなら、大切なママ。心からのキスを。あなたを待ちこがれて。

                        アントワーヌ

追伸:ぼくたちの日曜日を滅ばさぬよう、この手紙を受け取ったら即、電報を下さい。少なくとも金曜日の夜には返事が必要です。
 

サン=テグジュペリ 母への手紙

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今日からボクのこのサイトでは、『星の王子さま』の作者であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの手紙を翻訳して、お届けしようと思います。これまでのようにボクの活動の情報も混ぜていきますが、情報だけですとFacebookと変わらない構成になってしまいますので、これまでどうしようかなあとずっと考えていました。

自分の仏語の勉強もかねてです。細かいところで誤訳もあるかもしれません。大意は間違えないように努めますので、アントワーヌの人となりを味わっていただければ、訳者として幸いです。

(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 1900.6.29 〜 1944.7.31)

1.
ぼくの大好きなママへ               ル・マン 1910.6.11 (9歳)

 ぼくは万年筆を手に入れました。それでママに手紙を書きます。とてもいい感じです。
 明日はぼくの誕生日です。エマニュエルおじさんがぼくの誕生日に腕時計をくれると言いました。
 それなので、明日がぼくの誕生日だと
 (誤訳しました:近いうちにぼくの誕生日が来ると)おじさんに手紙で伝えてもらえますか?

 次の木曜日、ノートルダム・デュ・シェーヌ寺院に巡礼の旅(遠足)があります。
 学校のみんなと行きます。
 天気はとてもわるいです。ずーっと雨が降っています。
 ぼくはいただいたすべてのプレゼントをかざって、とても美しい祭壇をつくりました。さよなら。

 最愛のママ、ぼくはすごくママに会いたいです。
                           アントワーヌ

 もうすぐ、ぼくの誕生日だからね。

早稲田より届く!

早稲田の誇り_convert_20170801211635

小説『あん』のフランスでの文学賞受賞をお祝いして下さり、
早稲田大学総長と校友会から
祝電と紅白のワインが届きました。

かつてぼんくら学生だった私が、
こんなものすごい名前のワインをいただけるなんて
まったく想像もしていませんでした。

ありがたい限りです。
このワインの名に恥じぬよう
尽力いたします。

夢で語ってくれた人

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君が幸せになる仕事を選びなさいよ。
そうでないと、近しい人を幸せにすることもできない。
それからね、そういう仕事をしたいなあと思っているだけではだめだよ。
そういう仕事を、する、のだよ。

眼鏡の大きなおじさんはボクの夢のなかに現れ、
にこやかな笑顔でそう語ったのだった。

一昨日のことだ。
執筆の仕事が終わらず、仕事場の簡易ベッドで横になったら、
初めて見るおじさんが現れ、そう語った。

すごく目覚めが良かった。
同時に、あれは誰だったのだろうと、とても奇妙な気分になった。
会ったこともないおじさんだった。
いったい彼は誰?

昨日の夕方。電車のなかで揺られていて、おじさんが誰であったか思い出した。
昭和35年、日比谷での演説中に右翼の少年に刺し殺された
当時の社会党委員長、浅沼稲次郎さんだ。

ボクが生まれる前に亡くなった人。
当然、縁もゆかりもない。
だが、浅沼さんは三宅島で生まれ育った人なので、島の生家跡に銅像が立っている。
ボクは三宅島に滞在する度、この生家の隣にある「リターノ」というレストランに通っているので、この反骨の政治家の小さな生家をいつも感慨をもって見ていた。
(「リターノ」は、イタリアントマトを育てて下さっている菊地農園のとれたて野菜をじかに食べられるレストランです。島の魚もうまいよ!)

それでこの間、生家の傍にある浅沼さんの銅像の写真を撮りつつ、志半ばで倒れた彼の運命に対し、そっと手を合わせたのだった。
行為としては、ただそれだけのことがあっただけだ。

浅沼さんの魂がどうのこうのというオカルトな話ではなく、
そのときの銅像に向かった印象が深層心理のなかで残像として残っていたのだろう。
それが夢に出てきただけなのだと思う。
でも、やはり説明がつかない。

夢のなかの浅沼さんは、生きている人間のその姿だった。銅像ではないのだ。
加えて、彼が話してくれた言葉。

君が幸せになる仕事を選びなさいよ。
そうでないと、近しい人を幸せにすることもできない。

これはよく言われることだし、ボク自身もそう思っているので、
自分の真理が夢の他者の言葉を借りて出現したのかもしれない。
でも、次の二行の言葉。

そういう仕事をしたいなあと思っているだけではだめだよ。
そういう仕事を、する、のだよ。

これは自分から放ったことはなかった。そんなふうにあらためて考えたこともなかった。

心とは実に不思議なものだ。
生物学的には、記憶を得たことが心の起源だと言われている。
だけど、存在としての心は、いったいどこにつながっているのだろう。
プロフィール

ドリアン助川

Author:ドリアン助川
物語をつづり、詩をうたう道化師です。

ライブ・公演情報
2018年1月28日(日)
朗読劇『あん』
早稲田大学大隈講堂
近刊
「星の王子さま」(皓星社)
「バカボンのパパと読む老子」(角川文庫)
「バカボンのパパと読む老子 実践編」(角川文庫)
「海の子」(ポプラ文庫)
「ピンザの島」(ポプラ文庫)
「坂道 〜Les Pentes〜」(ポニーキャニオン)
「あなたという国 ニューヨーク・サン・ソウル」(新潮社)
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