こんなのもつくってもらいました。

台北サイン会ボード_convert_20170608143655

台北のサイン会では、版元の博識図書さんがこんなボードもつくって下さいました。
ありがたいことです。
台湾では『あん』『ピンザの島』『多摩川物語』の3冊が翻訳刊行されました。
読者のみなさんとまた会えますように。

遅くてごめんなさいレポート「台北サイン会」

台北サイン会_convert_20170608143625

むちゃくちゃ遅いレポートで申し訳ないのですが、
4月22日(土)、台北で初のサイン会を催してもらいました。
日本で言うなら、下北沢のB&Bのようなこじんまりとした書店で行われたトーク&サイン会。
雨降っていたし・・・ちょっと人数はふるいませんでしが、
版元の博識出版さんや書店員さんらから至れり尽くせりのご配慮をいただき、
トークショーなどはそれなりに盛り上がったのでした。

なお、写真撮影はいっしょに旅をした娘(もうじき25歳)なり。

ラガ!

ラガ_convert_20170420202140

ボクは今、三宅島にねぐらがあり、毎月東京と島を往復しています。なぜ? とよく聞かれますが、火山のある島に住んでみたかった・・・わけではなく、火山のある島で試してみたいことがあったのです。

それは、火山灰土を好むイタリアのトマトの栽培です。前回の噴火で全島避難となった三宅島。灰で覆われた島の様子を新聞などで見るたびに、いつか挑戦してみたいとボクは思っていました。島の復興の一助になればいいという思いがひとつ。もうひとつは、みんなが群がらない場所にこそ宝が眠っているという考えからくる、ボク独自のロマンの追及です。

しかし、現実に毎月島に通うとなると出費もかさみます。このトマト大作戦を理解してくれる島の人に出会えるかどうかも一種の賭けです。幸運なことに、実験をして下さる農園と巡り合うことはできましたが、これから先、島のみなさんが「トマトを栽培して良かったよ」と言って下さるようになるには、相当の時間と努力が必要だと思います。敗北もあるかもしれません。


その背中を押してくれたのが『ラガ 見えない大陸への接近』(ル・クレジオ/管啓次郎訳 岩波書店)です。

「オセアニア、それは目に見えない大陸だ。」
「群島、火山、珊瑚礁のネットワーク=見えない大陸を幻視する、ノーベル賞作家の思索的紀行文。」
と、帯カバーの言葉からしてたいへん魅力的です。

これは重層的な本です。
ラガとは、西太平洋メラネシアのペンテコスト島(ヴァヌアツ共和国)のこと。カヌーを操り、この島に初めて上陸した人々に思いを馳せるところからル・クレジオの筆は始まります。そして、現在この島に住む人々の息吹を、温度の伝わる隣人の暮らしを描くかのように綴ります。そのまま読者に届けようとします。

そこから浮かび上がるのは、力によって島に住む人々の暮らしを破壊し、隷属させようとした(そして実際にした)ヨーロッパ列強の爪痕が残す苦みであり、それでも絶えることがないメラネシアの神話と自然への崇敬です。

島が点在する広大な海を、ひとつの大陸として認識し、生活してきた人々がいる。この視点を一時的でもボクやあなたが持てたのだとしたら、世界は一変します。行間や余白から、文字にはならなかった文字たちが立ち上がり、縦にも横にも広がって「固定されてしまった見え方」の上に、まさに多層的な人間の在り方、世界の見え方を透明に提示してくれるのです。

つまり、本そのものも冒険をしています。頁を繰るたびに、読者もまたその冒険を追体験し、1人ずつが未知の大陸をすべっていくカヌーの上から世界の再構築を始めるのです。

ボク個人の例で言うならば、
「三宅島でトマト」というアイデアに対し、賛成してくれた人はほとんどいませんでした。でも、ル・クレジオのように、かつて人類が有した視線、あるいはまったく新たな感覚をもってひとつの火山島を見つめ直したとき、そこにあるのは希望だと思ったのです。

つまらない日々があるとすれば、それはきっと自分がつまらなくしているのですね。面白い日々があるとすれば、それもきっと自分が面白くしているのです。そこに必要なのは、誰かに強制されたわけではない、みずみずしい視線です。

裏カバーの言葉
『砂漠の遊牧民に対するのとおなじく、近代国家は海の人々を国境の格子の中に閉じこめようとした。かれらの冒険心により、すぐれたバランス感覚により、瞬間ごとに、これらの人々はその格子から逃れていく』

ラガ! 三宅島!

なぜ働くのか?

何故働く_convert_20170420202107

友人が翻訳した本を紹介させて下さい。
『なぜ働くのか』(朝日出版社)
(バリー・シュワルツ著・田内万里夫訳)

なぜ働くのか。
労働はもちろん生活の礎でありますが、
「いかに生きるのか」という、
ボクらの命の表現であり、味わいとなるところの礎でもあります。

同じ仕事をしていても、それぞれの幸福度は違うものです。
仕事を受け身で耐える人と、
積極的にアイデアを加え、喜びに変えていく人。
その違いはどこにあるのか。

著者のバリー・シュワルツは米国の大学教授で専門は心理学です。
彼は、人生をデザインする心を持てるかどうかが、
労働感に大きな差を生み出すと言います。
まずわかりやすい部分で、「お金のため」という認識をすっ飛ばした場合、その労働には従事する意味があるのかどうか?

ブルース・スプリングスティーンの言葉が引用されています。
『音楽が自分を生かしてくれているんだと、俺にはわかっている。それが俺の命なんだ。たとえばテレビや車、家なんかのためにそれをあきらめるのは、アメリカン・ドリームじゃない。そんなものは残念賞だよ、結局。テレビなんかは残念賞なんだ。もしそんなものに目がくらんだら。もし、それを手に入れたとして、それで上がりだと信じてしまえば、それはだまされているってことだ。だってそんなものはただの残念賞で、用心深い人間でない限り、自分自身を売り渡すか、最高の自分をみすみす手放すことでしかないからね。だから慎重にならなきゃだめだ。最初に抱いたアイデアを守り続けなきゃだめだ。そして、より高い舞台に向かえるように望まなきゃだめなんだ』

誰もがこんな言葉のようには生きられないけれど、たとえば工場のオンラインで働いていても、その仕事に自分なりの表現を盛り込めるかどうか、良い日々にできるかどうかはやはり自分次第だと思います。そのようなことを、このバリーさんは書いています。万里夫くんは訳しています。

ボクは放送作家の駆け出しだった頃、ヒットチャート番組でアシスタントをしていて、オンエアするアーティストのPVをレコード会社まで借りに行く係でもありました。誰も優しくしてくれないし、雨の日なんかは泣きたくなる仕事でした。でも、ある日から花を買うことににしました。自腹で一番安い花を買います。そして、PVを貸してくれる担当者にそっと渡しました。それだけでなんだか楽しくなったのです。各レコード会社のそばにどんな花屋があるのか、そんなことを知るのも東京を学ぶ上で参考になりました。

「叫ぶ詩人の会」というバンドでデビューしたとき、キティというレコード会社のディレクターが会いに来てくれました。
「君は工夫があったよね。この人はいずれ何かやると思っていたら、まさかデビューするとはね。花を持ってくる人なんかいなかったから、ずっと覚えていたよ。おめでとう。新しい人生が始まるね」
 そう言って祝福してくれました。現実には新たな苦労の日々が始まっただけだったのですが、それでも本当に嬉しかったです。バリーさんと万里夫くんがこの本で書いているのは、おそらくそういうことです。

リサとガスパールが!

リサガスどら焼き_convert_20170420202037

とうとう、リサとガスパールまでどら焼きをつくり始めました。
プロフィール

ドリアン助川

Author:ドリアン助川
物語をつづり、詩をうたう道化師です。

ライブ・公演情報
5月3日(祝)
新宿ブルースナイト
明治安田生命ホール

6月22日(木)
原宿クロコダイル
近刊
「星の王子さま」(皓星社)
「バカボンのパパと読む老子」(角川文庫)
「バカボンのパパと読む老子 実践編」(角川文庫)
「海の子」(ポプラ文庫)
「ピンザの島」(ポプラ文庫)
「坂道 〜Les Pentes〜」(ポニーキャニオン)
「あなたという国 ニューヨーク・サン・ソウル」(新潮社)
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