手塚治虫さん

手塚治虫さん、この11月で生誕90年になるんですね。
底知れぬイマジネーションを生きた手塚治虫さんです。
憲法だからと、そこに縛られて手塚さんが漫画を描いたわけではないと思います。
でも、少年期の大半を戦争下の大阪で過ごした手塚さんです。
おびただしい死や暴虐の目撃者として、
また体験者としてペン先が描き出そうとしたものは、
結果的に、9条が訴える戦争放棄の精神と重なり合うのだと思います。
ただ、手塚さんは、それが平和を唱えるものであれ、
国家がこうあるべきだから、人間もこうあるべきだという感覚では作品を描きません。
物語の中心にいつもあるのは、
一人の人間の(あるいはひとつの命の)精一杯の生であり、その輝きと影です。
ボクのような作家もまったく同じです。
描きたいのは生きている人間の姿であり、
社会や国家は、その向こうにうっすらと浮かび上がってくる霧のようなものです。
その霧のようなものから公式を導き、人を規定しようとは思いません。
歴史を振り返れば、過ちはいつもそこから起きているからです。
手塚さんの実体験がもとになった『紙の砦』と、この本で久々に出会いました。
この作品を初めて読んだ頃を思い出し、過ぎ去った陽射しの量を思いました。
他にも懐かしい作品が複数収録されています。
手塚さんの乱暴者の友人だった明石が、手塚さんが描いた女の子の紙を腹に巻いて特攻出撃する作品。
タイトルは忘れちゃったけれど、あれも収録してくれていたら良かったなあと思いました。
手塚さん、今ご存命なら89歳なのですね。
もし今いらっしゃったら、どんな作品を描かれたのでしょう。
そんなことも想像してみました。
そして、それはボクらがやるべきじゃないのかと、当たり前のことも考えました。
各作品の解説は、「九条の会」の小森陽一さん。
巻末には、小学館の手塚番だった野上暁さんのエッセイも収められています。
仕事場でずーっと漫画を描き続けていたのに、なぜ手塚さんは世界情勢と世間の空気に敏感だったのか。
その秘密が書かれています。