連帯について思うこと


 solidarité(連帯)という言葉が今、フランスではキーワードになっています。
 表現者として、民主主義者として、
 暴力に屈しないぞ、というみんなの気持ちがこの言葉に託されています。
 もちろん、ボクもその通りだと思います。
 今ボクたちは「恐れてはいけない」。

 ただ、「連帯」の力が発揮されるなかで、
 ほとんど大半の穏健派であるムスリムの人々が、
 「敵」として認識されていく可能性がある時流に、不安も覚えるのです。
 ボクらに、なにができると思いますか?

 2001年9月11日のテロを目撃して以降、
 問題は対「敵」ではなく、人類に内包される宿痾であると
 ボクは認識しました。
 イスラム過激派の問題も、ボクは構造的な貧困と切り離せないと思っています。

 もちろん、彼らがやったことに対しては100パーセントの拒絶があるのみです。
 しかし、それでも思うのです。
 彼らが孤児でなければ、寝入りばなに物語を読んでくれる大人がそばにいたのであれば、腕まくらしてくれる人がいたのであれば、この結末につながっただろう
か?
 パンクロックがなくなり、革命も遠くなり、
 追い詰められた若者たちがイスラム過激派に走る今、
 ボクたちクリエーターには、経済とは別の意味で、
 やるべきことがたくさん見えてきたのではないでしょうか。

 今、トーベ・ヤンソンが生きていたら、
 キリスト教の子も、イスラムの子も、そしてボクたちも夢中になれる 
 新しいムーミンを生み出したかもしれない。
 それは宗教を越えた、本当の意味での新しいsolidaritéなのだ。
 ファンタジーの力が今、問われている。
 そのことを感じないクリエイターは、どんな地位にあろうと偽物だ。
 ボクは今そんなふうに思います。

 創造できる人よ。今こそ立ち上がりましょう。
                         ドリ

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No title

自分はクリエイターではありませんが、ドリアンさんのメッセージに賛成です。

同感いたします。

ひとのぬくもりと声と息づきや物語の言葉の世界から、生命の尊さと「だいじょうぶだよ」という安心感へと導びかれ、ここちよい眠りに入ることができることは、明日への希望につながることでしょう!

ドリアンさんのやさしくもちからのあることばだなあとおもって、しみじみ読みました。もし、ひとつのファンタジーに胸をときめかすことなく、生きていかなければならないとしたら、とても哀しいことですね。地に死の灰が降り積もるより早く、たくましく、創造していけたらと思いました。

なんとなくわかります。
敵と思う中に。
互いの正義感との闘い。
本当は闘ってはいけないと思うのですが。
価値観の違いで、戦争につながったり。
争いにつながったり。
とは、違う話ですかね?そうでなく?
正しいと思いながらも、本当は。
仏教の教えのように。
どの宗教も、違うけど。
人間、みな同じというか。なんというか。
この前、テレビで。
今、ニュースでさわがれてますが。
評論家の方が、テロ問題で。
差別化されて悩んでるといってました。
自分の国の人達が、罪をおかし。
それでその国の人達を、そんな目で見られるの悲しいと。
みんな世界中平和であってほしいですね。
と思いますが。
なんで変わらないのですかね。
不思議に思うのですが。
同じ時代に生きて、なぜ。
平和な国と、いまだに内戦の国があるのでしょうか?不思議に思います。
生まれた場所も、不思議に思うのです。
海外のこと考えると、当たり前にすごしてはいけないと思いました。
前にテレビで、学校行きたくても。貧困でいけず。裸足の中、瓦礫を頭に乗せて、歩いて仕事する若い女性。
今になり、きちんと勉強しとけばよかったなと自分思います。
勉強できたにも、学生の頃。漫画に夢中で。
その女の人思うと、悪かったなと番組見てかんじました。

もしかしてだけどー

ある立場にとっての「連帯」が
別の立場の人の目には「私たちとあなた方」を隔てる壁に
見えるかもという想像力が必要だと、わたしも感じます。
ドリアンさんが指摘されるように、
今回の襲撃事件をテロと定義していいのか、わかりません。

もしかしてだけど…。
孤児の兄弟とムショ仲間の男。
小さな頃から厄介者扱いでどこにも居場所はなく、
おまえが必要だと言ってくれたのは
イスラム過激派というヤクザ道だけ。
「オヤジやアニキ」に認められたくて鉄砲玉になったのかも。
宗教とか神とかデカい物語に連なりたかったのかも。
未来永劫許されない罪まで自分に犯させて。
(つらい一生だったでしょう)

投稿したのは、ファンタジーの力について書かれていたからです。
というのも、今回の犯人同様(!)育ちのよくないじぶんが
なんとか生きてこられたのは、ちいさな頃にファンタジーや物語に
出会えたことも大きかったってキモチがあるから。
現実ではない、もうひとつの世界を持てたことで
自分も「この世界の一員」だと思えたのかもしれません。

信頼できるおとなに「寝入りばなに物語を読んでもらう」ことが
どんなに大切かも、長い人生のなかで少しずつわかりました。
少しずつですが、確かな感覚として。

ドリアンさんたちクリエイターがファンタジーを紡ぐなら、
わたしはそれを子どもやおとなに伝えたり、
「子どもにはそれを読んでくれるおとなとの関係」が必須だねと
だれかと語り合うことができると思いました。

あと、上に投稿された「大好きな音楽家達みたくなりたい」さん。
わたしも同じです、「勉強しとけばよかった」って思うこと。
だけど今からだって遅くないと自分なりにトライしてます。
自由や平等や民主主義や多様性の価値について
自分の言葉で語れるようになりたいです。
それぞれの場所で、思いを育てていきましょうね。

わーん、長くなってすみませんでした!


プロフィール

ドリアン助川

Author:ドリアン助川
物語をつづり、詩をうたう道化師です。

ライブ・公演情報
11月4日(土)5日(日)
「星の王子様と道化師の惑星」
Eggman Tokyo East
YEN TOWN FOOLsとの合同公演です。
近刊
「星の王子さま」(皓星社)
「バカボンのパパと読む老子」(角川文庫)
「バカボンのパパと読む老子 実践編」(角川文庫)
「海の子」(ポプラ文庫)
「ピンザの島」(ポプラ文庫)
「坂道 〜Les Pentes〜」(ポニーキャニオン)
「あなたという国 ニューヨーク・サン・ソウル」(新潮社)
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