金井真紀さんにまたやられた。

また金井真紀さんに気持ち良くやられました。
出版界ではすでに話題沸騰なのでご存知の方も多いでしょうが、
パリで出会った引力を感じるおじさんたちに直撃インタビューを試みた
この「魅惑のおじさんコレクション」はつまり、
「おじさんの生き方コレクション」であり、「人間の価値観図鑑」でもあるのです。
一人一人のおじさんの生き方を読む度に、
人間社会の幅や奥行きなどはもとから決まっておらず、
すべては個人の想像力と実行力にかかっているのだ、ということがよーくわかってきます。
社会からのちょっとした逸脱に悲哀や焦燥を感じている人には
きっと力を与えてくれる本だと思います。
またこの本には別の効果もあります。
読み進めるうちに、いわゆるモンマルトル的なパリのイメージは遥か後方へとおしやられ、
旧植民地と不可分のパリ、移民うずまくパリ、シリアやイラクからの難民を抱えたパリ、
テロが複数回起きているパリ、極右政党の支持者が増えつつあるパリ、といったふうに、
世界が直面している問題が凝縮した街としてのパリ、そこでおじさんたちが何を考え、どう行動しようとしているのか、それもまた真紀さんの柔らかな絵と文章から等身大で伝わってくるのです。
もちろん、世界は今だけではなく、いつの時代も問題に直面していました。
そのような意味では、ホロコーストの惨禍からただ一人生き残った少年(今は高齢のおじさん)の独白や、ボートピープルの妹さん夫婦を亡くしたベトナム人医師の語りなど、強く心を打つおじさんたちの言葉もあります。
しかし一番感じ入るのは、これだけの突撃取材を敢行した金井真紀さんと案内の広岡雄児さんの人間に対する熱意と敬意です。読んでいるうちに気付くのは、「ああ、自分もかつてはこんなふうに人を愛していたかもしれない」という記憶の向こうの手触りでした。その遠いところからの温もりを、少し回復できたような気にもなるのです。
「パリのすてきなおじさん」(柏書房)、すてきなエッセイストによる、すてきなすてきな本です。