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ラガ!

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ボクは今、三宅島にねぐらがあり、毎月東京と島を往復しています。なぜ? とよく聞かれますが、火山のある島に住んでみたかった・・・わけではなく、火山のある島で試してみたいことがあったのです。

それは、火山灰土を好むイタリアのトマトの栽培です。前回の噴火で全島避難となった三宅島。灰で覆われた島の様子を新聞などで見るたびに、いつか挑戦してみたいとボクは思っていました。島の復興の一助になればいいという思いがひとつ。もうひとつは、みんなが群がらない場所にこそ宝が眠っているという考えからくる、ボク独自のロマンの追及です。

しかし、現実に毎月島に通うとなると出費もかさみます。このトマト大作戦を理解してくれる島の人に出会えるかどうかも一種の賭けです。幸運なことに、実験をして下さる農園と巡り合うことはできましたが、これから先、島のみなさんが「トマトを栽培して良かったよ」と言って下さるようになるには、相当の時間と努力が必要だと思います。敗北もあるかもしれません。


その背中を押してくれたのが『ラガ 見えない大陸への接近』(ル・クレジオ/管啓次郎訳 岩波書店)です。

「オセアニア、それは目に見えない大陸だ。」
「群島、火山、珊瑚礁のネットワーク=見えない大陸を幻視する、ノーベル賞作家の思索的紀行文。」
と、帯カバーの言葉からしてたいへん魅力的です。

これは重層的な本です。
ラガとは、西太平洋メラネシアのペンテコスト島(ヴァヌアツ共和国)のこと。カヌーを操り、この島に初めて上陸した人々に思いを馳せるところからル・クレジオの筆は始まります。そして、現在この島に住む人々の息吹を、温度の伝わる隣人の暮らしを描くかのように綴ります。そのまま読者に届けようとします。

そこから浮かび上がるのは、力によって島に住む人々の暮らしを破壊し、隷属させようとした(そして実際にした)ヨーロッパ列強の爪痕が残す苦みであり、それでも絶えることがないメラネシアの神話と自然への崇敬です。

島が点在する広大な海を、ひとつの大陸として認識し、生活してきた人々がいる。この視点を一時的でもボクやあなたが持てたのだとしたら、世界は一変します。行間や余白から、文字にはならなかった文字たちが立ち上がり、縦にも横にも広がって「固定されてしまった見え方」の上に、まさに多層的な人間の在り方、世界の見え方を透明に提示してくれるのです。

つまり、本そのものも冒険をしています。頁を繰るたびに、読者もまたその冒険を追体験し、1人ずつが未知の大陸をすべっていくカヌーの上から世界の再構築を始めるのです。

ボク個人の例で言うならば、
「三宅島でトマト」というアイデアに対し、賛成してくれた人はほとんどいませんでした。でも、ル・クレジオのように、かつて人類が有した視線、あるいはまったく新たな感覚をもってひとつの火山島を見つめ直したとき、そこにあるのは希望だと思ったのです。

つまらない日々があるとすれば、それはきっと自分がつまらなくしているのですね。面白い日々があるとすれば、それもきっと自分が面白くしているのです。そこに必要なのは、誰かに強制されたわけではない、みずみずしい視線です。

裏カバーの言葉
『砂漠の遊牧民に対するのとおなじく、近代国家は海の人々を国境の格子の中に閉じこめようとした。かれらの冒険心により、すぐれたバランス感覚により、瞬間ごとに、これらの人々はその格子から逃れていく』

ラガ! 三宅島!

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島での、大冒険ですね!
メキシコ人はなぜの。。。トマト!
その島に、奇跡がきたらいいですね!

No title

ドリアンさんのアンテナが独特すぎて、先が読めなくて、わくわくいたします。教科書にのっている世界地図は、とても固くつめたいですね。だから本を読むことは大切だ。と、まじめに思う次第です。さらに、そこに、行動がともなってしまうドリアンさんは....素敵です!何から世界がかわっていくか、誰にも解りませんものね。

プロフィール
作家・歌手・明治学院大学国際学部教授

ドリアン助川

Author:ドリアン助川
物語をつづり、詩をうたう道化師です。

近刊
「寂しさから290円儲ける方法」(産業編集センター)
(2023年5月23日刊行予定)
「動物哲学物語」(集英社)
(2023年10月26日刊行予定)
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