全国のハンセン病療養所で詠まれた短歌、俳句、川柳などを集めた『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる」』(皓星社)が刊行されました。
この本を企画された編集者の阿部正子さんとボクとで、朗読を含めたトークショーをやります。
下北沢の書店「本屋B&B」からお送りしますが、この状況下ゆえ、オンラインでの配信となります。
8月29日(日)午後3時〜5時
申し込みはここからお願いします。
https://peatix.com/event/2611079/view?k=e9d20eda84dab364b492add28d1f8d99658d0b11なお、中日新聞(東京新聞)で、この『訴歌』について評を書きました。
もし良かったら、お読みください。
(訴歌 書評)
表現者たちの生きた証がこの一冊に収められている。商魂や自己顕示欲とは縁のない、純粋な、命を燃やしたがゆえの短歌、俳句、川柳の連なりだ。ハンセン病療養所のなかで紡がれた文字は、時を越えその慟哭を今に伝える。
「しんしんと深まる夜なり線路上に一度寝かせし吾子抱き取る」(千本直子)
子どもといっしょに消えようとした母は、生き別れの運命を受け入れ、療養所に収容されたのだろう。この病を得たというだけで、親族までもが破滅的な差別を受ける時代が長く続いた。
「会いに来てください明りが消えるから」(辻村みつ子)
病が治癒しても、囲いのなかから出られなかった人々。国が定めた「らい予防法」は社会から患者を排除し、個の声を抹殺しようとした。
全国の療養所を回って千冊もの作品集を手にいれ、「ハンセン病文学全集」(皓星社)完成のために尽力したのは、二〇一一年に早世した編集者、能登恵美子だ。彼女の遺志を継ぐように、同じく編集者の阿部正子が「全集」より作品を抜粋し、この「訴歌」を編んだ。阿部もまた社会の一隅に光を当て続けてきた人だ。
「恋人をも殺す冷たき眼といへり永き虐げに堪へ生きて来にしを」(横山石鳥)
歌や句を受け止める私たちは、悲嘆の重い扉をあけ、その闇の深さに茫然となる。
だが、表現者たちの心に寄り添ううち、哀しみもまたきらめきの仲間であることに気づかされる。なにかを照らし出すのだ。
それは、個が生きたからこその歌であるという真実だ。
「濃き闇の向こうになにか在る思ひ心に持ちて歩みつづける」(赤沢正美)
「白杖に夢の火種は絶やすまい」(五津正人)
「生きのびる力句となり詩となり」(茅部ゆきを)
飛翔する蛍のように、闇のなから希望が顔を出す。読む者はそれをすくい取り、自らの心にそっと留まらせるだろう。療養所の表現者たちの生きた証は、編集者たちの、そして読者である私たちの生の息吹と重なり合う。
ドリアン助川