fc2ブログ

サン=テグジュペリ 母への手紙(2)

気軽に始めたものの、当時のアントワーヌのスペルのミスまで
原書は正確に再現していると知り、これはたいへんなことになったと思っています。
たとえば以下のような例。(右側が正しい文字)

en rand → en rang
a → à
et → en
l'abéi → l'abbaye

いくら「rand」を辞書で探しても出てこないわけで、フランス人だったら「まあ。アントワーヌったら、こんな妙なスペルで書いていて可愛いわ」となるかもしれませんが、こちとらその度に立ち往生です。

<2通目>                                ル・マン 1910

ぼくの大好きなママへ

 ママにとても会いたいです。
 アネスおばちゃんはそこに一ヶ月いるんですよね。

 今日ぼくは友達のピエロとサント・クロア出身の同級生の家に行きました。
 おやつを食べて、とても楽しかったです。

 今朝は学校で聖体にお祈りしました。ママには巡礼の旅のことを話そうと思います。その日は8時15分前には学校にいなければいけませんでした。駅には列をつくって行きました。駅では、サブレ行きの列車に乗りました。サブレからは馬車に乗りました。ノートルダム・デュ・シェーヌ寺院まで五十二人以上の馬車の馭者がいるのです。

 馬車はとても長くて、生徒たちが上に乗ったり、なかに入ったりしました。それぞれ二頭の馬に引かれます。馬車はとても楽しかったです。五台の馬車のうち、真ん中の二台は小さな子たち用、他の三台は年上の生徒たち用です。

 ノートルダム・デュ・シェーヌに着くと、ぼくたちはミサに参加しました。そしてそのあと、寺院のなかで朝食をとりました。保健室の子や、7年生、8年生、9年生、10年生は馬車でソレムに行きました。ぼくは馬車で行きたくなかったので、許可を得て、1年生2年生のグループと歩いていきました。ぼくたち、二百人以上の行列になって道を完全に占領してしまいました。お昼ご飯のあとは、聖墓を観に行きました。それから神父様たちのお店に行き、いくつか買い物をしました。そして、1年生2年生とぼくとで、またソレムまで歩いて戻りました。

 ソレムに着いたあとも散歩を続けました。大修道院のすぐそばを通りかかりました。大修道院は、ただただ大きかったです。でも、ぼくたちは時間がなかったので、なかには入りませんでした。大修道院にそって、たくさんの大理石の像を見つけました。お金持ちに見えるのもあれば貧乏そうに見えるのもあります。ボクに6フランめぐんでくれたら、3フランめぐんであげるのにな。

 ひとつ、1メートル50センチと2メートルくらいの辺でできた石像がありました。そしたらみんながぼくのポケットに入れて持って帰れというのです。あんなの動かすことすらできません。とにかくすごく大きいのです。そのあとは、ソレムの草地の上でおやつを食べました。

 ぼく、もうママに八枚も書いています。

 さて、そのあと寺院の人たちに挨拶をしに行き、駅までグループで移動しました。駅に着いたら、ル・マンに戻る列車に乗りました。宿舎に帰ってきたのは夜の8時です。キリスト教の教理問答では、ぼくは5年生でした。

 ぼくの大好きなママ、さよなら。心からのキスを送ります。

                           アントワーヌ
 
 



プロフィール
作家・歌手・明治学院大学国際学部教授

ドリアン助川

Author:ドリアン助川
物語をつづり、詩をうたう道化師です。

ライブ・公演情報
2021年12月
24日&25日
『新宿の猫』
菊川なぁ〜じゅ
近刊
「水辺のブッダ」(小学館)
「新宿の猫」(ポプラ社)
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ