吉井徳江さんに会えました。

小説「あん」のヒロイン、吉井徳江さん。
ハンセン病療養所のなかで甘いものを作り続けて50年、という設定でした。映画「あん」では樹木希林さんが演じます。
実は、徳江さんにはモデルがいらっしゃるのです。そして28日朝、都内のホテルでようやくボクは「徳江さん」に会うことができました。鹿児島の療養所にいらっしゃる上野正子さんです。
ハンセン病を背景にしながら、人間に対する普遍的な問い掛けと、自分なりのひとつの答えを描こう。そう思ってから、ずいぶんと多くの資料に目を通しました。そのなかで、ボクは上野正子さんの「人間回復の瞬間(とき)」(南方新社)と出会ったのです。
読後、一人のおかっぱ頭の少女がボクの胸のなかに住み始めました。夢あふれる乙女の頃に発症し、肉親と別れて療養所に入らなければいけなかった彼女。甘いものと国語が好きで、療養所内で結婚もされて・・・。徳江さんの人生は、上野正子さんの人生なのです。もちろん、設定は違います。徳江さんはあんを炊きますが、正子さんはサーターアンダギーを作ります。徳江さんの故郷は愛知県で、正子さんは沖縄。でも、絶望に追いやられた少女が人生を生き抜こうとした力、勇気、努力はすべて正子さんのイメージから喚起されたものです。
これまでは手紙を差し上げるだけだったので、会って御礼を申し上げることができ、「あん」という物語の最後のマルをようやく打てた気分になりました。
上野正子さんも当然、療養所の外で暮らしてみたい、働いてみたいと思われた時期があるそうです。「あん」を読まれた時、こんなふうに感じて下さったそうです。
「物語のなかだけれど、その夢がかなったような気がした」
そう言っていただき、ボク自身、どれだけ救われたことでしょう。
「あん」という小説を書いて、本当に良かったと思います。
でもその小説の起点となったのは、隣で柔らかく微笑まれている上野正子さんなのです。
(写真撮影/富永夏子さん)